非常に考えさせられました。
ABlogさんの「いつからか僕の生活からは潰す暇がなくなった」のエントリーを
読ませて頂いて、色々思い付く事を書いてみます。
ちょっと引用させていただくと
長期間の暇は人間にとって一番きつい事なので、暇が昂じると、『暇だから本でも読むか』『映画館にでも行くか』という気持ちになる。もうちょっと言えば、暇によって蓄積されるストレスが大きければ大きいほど、人はカロリーの高いコンテンツを好むのではないか、という気がします。
食べ物みたいなものです。人間は空腹感、飢餓感が強いほどカロリーの高い食べ物を求め、逆に現代のように飽食の時代になると、カロリーの少ない食べ物を選ぶようになり、いつしかカロリーを憎むようになる。
うーん、見事な表現。もう、その場で話を聞いていたら思わず「うんうん」とうなずいてしまうような言い回し。
で、俺が思ったのは、
おそらく、もうこれからは飢餓感を感じる社会は、きっとやってこないだろうと。
そうなった時に、社会(というか人間)は、どうなっていくのかなと。
今までは、ためになる本を読むって事は、「娯楽なんだけれども、勉強になっている」
ってのがあったと思うんだけれども、
これからは、「より娯楽は娯楽らしく、勉強は勉強らしく」と、
単純に二極化ってキーワードでくくれば良いのか、それとも他に変化していくのか、
単純にみんなが楽な方に流されてしまって、「バカ」になってしまうのか。
それでも、社会は正常に機能することが出来るのか。
どうなんでしょうね。